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あれは、私がヒロの家に初めて行った日のことだ。
私がふいに泣き出してしまったことがあった。

それはあまりにも彼の瞳が純粋そのものだったからだ。
その瞳に見つめられると、自分の醜さ、愚かさ、ずるさ、汚さが
くっきり目の前につきつけられるようで、怖くなった。
私は過去にある過ちを犯していた。
それゆえ、私はいつも自分を責め、苦しんできたし、
そんな自分が大嫌いだった。
醜い、と心からそう思い込んでいた。

そんな私を否定してくれたのが…ヒロだった。

泣きじゃくる私の肩を抱いてくれ、
頭をなでてくれ、さすってくれた。
そして私が泣き止むと、優しく聞いてくれた。

「どうしたの?急に泣き出したりして…?」
私は思いのままを伝えた。
「私、自分が醜くて、真っ黒で、だから、あなたと一緒にいちゃいけない気がする。
あなたはとても心がキレイだから、澄んだ目をしている。
そんなあなたと私じゃ…つりあわないわ。」
全部吐き出すと、ヒロはまた、私の髪をなでてくれた。
「一人で苦しんでたんだね」彼はふっと目を細めてほほえみ、
「君は全然醜くなんてないよ」そっとそう言ってくれた。
「でも、っでも…」
そう言って今にも大泣きしそうな私に…、そっとキスをしてくれた。

「そんな子を、僕が好きになったりはしないと思うよ」
彼はそう言ってあの、私の大好きなあの少し照れたようなあの笑顔を見せ、
私を抱きしめてくれた。
「大好き…」
私は思わずそう言っていた。
日ごろから行動力なはあるくせに、肝心の好きな人には何もできない臆病者の私の口から、
初めて彼に対して素直な言葉を言えたのはこのときだったと思う。

「ありがとう。君はもっと自分に自信を持っていい。
醜いんじゃんない、黒いんじゃない。
真っ白だよ。誰から見てもビックリするほどまっさらで純粋でピュアなんだ。
だから、ちょっとした傷とか、汚れが他の人より目立ちやすい、
ただそれだけのことだよ」
そう言って涙が止まるまで頭をなで続けてくれた。

「ありがとう…こんな私なのに…ありがとう…
…ホント、ありがとうっ…」
涙が止まらなかった。
自分の涙でぐしゃぐしゃにぬれた淡いピンク色のハンカチを握りしめながら、
自分が生きていることを、初めて嬉しく思った。
――…私はこの瞬間のために生まれてきたんじゃないか…
そう思った。

今まで自分は、何のために生きているのか、ずっとわからなかった。
私なんて、生きているだけで空気を汚染するだけの存在でしかない。
無駄な存在、邪魔なだけの人間、そう思ってきた。
でも、そうじゃないんだ、って初めて思えた。
私は、ヒロに会うために、そのためにこの世に産み堕とされて、
そして苦しみながらも生き、やっと、あなたに出会えた――…
これで私の生は全うされたのだ。

幸せだった。
初めての感情だった。
ずっと一緒にいたい、そう心から思っていた。
永遠だと思った。
これからずっと一緒にいられる、…そう、錯覚していたんだ。

ヒロがこの世を去ってから、いつもこうして空を見ている。
いつか一緒に藤沢の星空を見たときヒロが言っていた。
「人は死んだら星になるんだってね、
小さい頃、教えてくれたのはおばあちゃんだったかな」と。
「じゃあ、私が死んだらいつも夜になったら空を見上げて私の名前を呼んでね」
「あぁ、もちろん」
こんな会話をしたことが…あったな。


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